2023年7月6日
岡山地方裁判所第一刑事部
平成30年(わ)第50号法人税法違反幇助・税理士法違反事件
裁判長 本村暁宏 様
倉敷民商弾圧事件を許さない西備の会
小見山史子
一昨日7月4日の差し戻し審第1回公判を傍聴しました。全体に裁判長の声が小さすぎるのか、あるいはマイクの使い方が良くないのか、何をおっしゃっているのかよく分からなかったり、検事の発話も小声で早口かつ一本調子で十分に理解できないものだったという印象でしたが、それでも、傍聴席が一斉に驚きで息を呑む場面がありました。
一つは、訴因変更について検事が「ほ脱額を減額しているので被告人に有利だ」という内容の発言をした時でした。そもそも、脱税額を最初の逮捕・起訴から9年もたって変更しなければならないということ自体が、初動捜査がいかに杜撰でいい加減なものであったかを示しています。脱税の主犯の審判が確定しているにも拘わらず、幇助犯についてあえて訴因変更という暴挙に踏み切ったのは、そうしなければ、表面的な辻褄を合わせることすらできない、審理を維持することができないことを示すものです。ですから、裁判長がそのような訴因変更を認めたことは、大きな間違いであると言わざるを得ません。
もう一つの場面は、昼休憩の後、山崎弁護士が高裁判決において付言された部分、「原審では、五輪建設の総勘定元帳と仕訳日記帳等が「記載内容等」などの具体性を欠く立証趣旨で一括して証拠請求され、採用して取り調べられているが、このような立証法は相当でない。」を取り上げた際に、裁判長が陪席の裁判官と長い時間協議した後、「この付言の部分は、判決部分とは関係が無い」という内容の発言をされた時です。裁判長の言葉を正確に引用できていなかったなら、申し訳ありません。何しろ、お声が小さくて、しかもマイクに乗っていなくて、聞き取りにくかったのです。
高裁岡山支部の判決は、確かに、採用された証拠の違法性によって一審判決を破棄して、当岡山地裁に差し戻したものですが、高裁の長井秀典裁判長があえて付言という形で検察の立証法を批判せざるを得なかったことを、本村裁判長はしっかりと受け止めるべきだと考えます。
電子帳簿保存法の法改正など現今の政府の方針は、帳簿などにおける電子的データの正確性、信頼性が高いことに依拠しています。しかし、本事件の当時、つまり平成21年頃の会計ソフトのデータにどれほど信頼性があるのか疑問があります。
脱税の主犯とされた建設会社では、「建設大臣」という高額な会計ソフトを使用していたということですが、いかに高額なソフトであっても、このソフトに何らかの不具合があったことは確実です。いくつかの会計年度において、貸借対照表の左欄と右欄のそれぞれの合計が合致していなかったと聞いています。それを銀行から指摘され、融資を受けるために、まず借方/貸方のバランスを計算し直す必要があり、倉敷民商事務局にある別の会計ソフトへの入力を禰屋さんに依頼したことが、禰屋さんへの容疑の発端であったと記憶しています。
仮に、検察が立証にあたって伝票や請求書・領収書などの第一次資料の使用を放棄し、電子帳簿に頼るというのであれば、それら電子的データの正確性と信頼性をまずは検証すべきです。どのように優秀なソフトであっても、多少の不具合はあるものです。それが発見されれば、修正し、バージョンアップを行うのは、ソフト提供者が常に行っていることです。貸借対照表のバランスが合っていないという事態は、会計ソフトとしては致命的な不具合です。ですから、この不具合がどのように起きて、どのように対処したかについての記録は、ソフトの提供者・開発者によって保持されている筈です。現行の同名の会計ソフトは、クラウドを使用しているもので、当該建設会社が脱税を疑われた当時使用していたものとは、根本的に異なっているため、当時のバージョンアップ情報は社外秘となっていると推察されます。問題の会計ソフトが、いつ使われ始めたのか、そしていつまで同じソフトが使われたのか、その間に行われたソフトの更新について、裁判所は職権で確認する必要があると考えます。
仮に、ソフトに問題が無かった場合でも、入力するデータに間違いがあれば、得られる結果も間違っているというのは、当然の帰結です。GIGO (Garbage In Garbage Out)と言われます。ゴミを入れればゴミが出てくるということです。当該建設会社では、会計ソフトへの入力についてはかなり杜撰だったようで、何ヶ月も経ってから入力したデータもあったように聞いています。修正入力などが行われた場合に、その日時や内容が記録され保持されていないのなら、その会計ソフト及びデータには問題があると言わざるを得ません。
また、この事件よりは少し前の米国の記事ですが、会計ソフトを使用する事業者のおよそ4分の1でソフトをちゃんと使用できていないというのを読んだ記憶があります。日本のソフトは、使用者が日本語で入力することを前提とするため、全角と半角の扱いの違いや元号の使用などによって、想定外の支障をきたす可能性があります。当該建設会社の当時の会計ソフトへの入力を行っていた人たち全員について、どのような入力をしたのかを確認する必要があると思います。さらに、操作上で何が一番大変だと感じたのか、どんなところで躓いたか、困った時には誰にどのような相談をして、その結果、問題が解決したか解決できなかったかなど、具体的に証言してもらう必要があると考えます。
電子的データであるからと言って、データの真実性、信頼性が保障されるものではありません。これは、現今のマイナンバーカードに関連する様々な不祥事からも明白です。どのようにコンピュータが進化しても、常にGIGO、ゴミを入れればゴミが出てくるということを念頭に置いていなければなりません。
電子帳簿保存法やインボイス制度の強行によって、経営に関わる電子的データの信憑性がより一層重要になっている時代において、どのような基準を満たせば、信頼に足るデータであるのかを、この裁判を通じて示す必要があると考えます。
差し戻し判決から5年半以上待たされました。本来なら、裁判所は検察に対して公訴を断念するように強く勧めるべきでした。訴因変更などという暴挙を許すべきではありませんでした。検察の立証責任を明白にして、伝票類や契約書などの一次資料を使用するよう迫るべきでした。しかし、いずれのすべき事もすべきでない事も現時点では果たされていません。
1947年に文部省が編集発行した『あたらしい憲法のはなし』の中で、司法について次のように説明してくれています。
「この司法という國の仕事は、國民にとってはたいへん大事なことで、何よりもまず、公平にさばいたり、きめたりすることがたいせつであります。そこで國には、「裁判所」というものがあって、この司法という仕事をうけもっているのです。
裁判所は、その仕事をやってゆくについて、ただ憲法と國会のつくった法律とにしたがって、公平に裁判をしてゆくものであることを、憲法できめております。ほかからは、いっさい口出しをすることはできないのです。また、裁判をする役目をもっている人、すなわち「裁判官」は、みだりに役目を取りあげられないことになっているのです。これを「司法権の独立」といいます。また、裁判を公平にさせるために、裁判は、だれでも見たりきいたりすることができるのです。これは、國会と同じように、裁判所の仕事が國民の目の前で行われるということです。これも憲法ではっきりときめてあります。」
岡山地裁はこれだけ長い間、禰屋さんを待たせたのですから、責任をもって、真実を明らかにして、一審の中田裁判長、江見裁判長の不公正極まりない訴訟指揮を正すべきです。また、428日間の勾留という甚だしい人権侵害を許した、岡山地裁の裁判官たちの不正を反省し、禰屋さんに謝罪すべきです。
私たちは、一人の市民として、日本の国民として、司法が公平公正であることを願っています。
以上