2026年3月27日 第8回公判が開かれ、無事終了しました。
これで、前回の公判(2025年12月23日)で中断されていた証言が完了し、禰屋さんに脱税を「頼んでいない」という証言が正式に成立したことになります。
脱税事件の本犯とされた建設会社の社長夫人(経理担当)の証人尋問は第7回公判で検事による反対尋問の途中、証人が体調不良により救急搬送されたために、宙ぶらりんの状態になっていました。そのまま、検事による反対尋問が終了しなければ、禰屋さんに脱税を頼んでいないという証言が成立していないことになってしまうということでしたが、これで、禰屋さんの法人税法違反幇助容疑が根拠の無いものであることが、裁判の記録に残ることになりました。
快晴で、温かな日の下で、近くの公園の桜の花がいっせいにほころんだ日でした。たった10日間前に決定された公判日であったため、参加者が少ないのではないかと心配されましたが、100人を超す人々が駆けつけ、傍聴のための整理券配布が必要になったことは、支援の強い意志を示したものだと思います。
以下に、裁判の様子を簡単に記しておきます。
公判は、岡山では初めてというビデオリンクによって行われた。
それに加えて、遮蔽措置を行うという裁判長の意向が伝えられていた。
開始早々に弁護団が遮蔽措置について抗議。ビデオリンク及び遮蔽の使用はこれらの使用についての決まりから逸脱し「違法である」と主張。さらに、禰屋さんと証人の関係は被害者と加害者というものではなく、どのような理由で圧力を受ける可能性があると判断したのかと、検事に質問。そのかいあってか遮蔽措置が取られることはなく、尋問開始。
2024年4月から担当だった村上検事が異動になるようで、この度の担当は安藤検事。安藤検事の下の名前は翔。かっこいい名前なのだが…
検事の質問は、脱税容疑のかかった年度(平成22年3月期〜平成24年3月期)に誰が経理を担当していたのかから始まった。それについて、社長夫人の返答は「うちの、今は娘じゃないですけど、娘がやっていた」というものだった。彼女はこの不思議な言葉を何度か繰り返した。弁護団が、なるべく姓名を言って欲しいと要求したが、それに対しても、彼女は、経理を担当していたという「娘」の名前を口に出すことができないようだった。
建物の売上をどの時点で計上するのか、未収金があった場合、会社の(仕入や下請への)支払が残っている場合、等々ついて検事が質問を試みたが、証人の返答とは咬み合わないままで、検事も裁判長も頭を抱えているように見えた。
期末棚卸高の計算方法を知っているかという検事の質問に対して、弁護団が異議。「証人は22年〜24年について経理を担当していないと言っている。今、どうしているか聞いても関係ない」
結局、期末棚卸高の計算については、証人は「今、わかってません」と証言。また、商品仕入4000万円の振替伝票についての質問に対しては、「そんなことはしません。そんな大きい数字はないと思います。」
ここでも弁護団が異議。「22〜24年について、(証人は)経理をしていないと言っている。なのに、22〜24年の経理の内容について聞いてどうするのか。それとも、一般的知識として聞いているのか、はっきりさせろ。」
あらためて、検事が、「平成27年3月の禰屋さんの裁判で証言されていますが…」と聞き直すと、証人は「覚えていません」と返答。検事「どうして覚えていないと…」、証人「覚えていません。…いろいろあったから。私は関わったりしていないと思っていたから。…忘れようとしているので…」、検事「平成27年頃と比べてどうですか?」、弁護団異議「誘導です。」
少し前から、体調の不良を示していたらしく、裁判長が「大丈夫ですか?」と繰り返す。前回の救急搬送の記憶が蘇ったせいか、ここで30分間の休憩となった。
30分の休憩後、弁護団の主尋問の番だった。裁判長「弁護人からということになります」、弁護団「弁護人からはありません。」 一瞬、裁判長も検事も、そして傍聴人も全員があっけにとられた。見事な肩透かしというべきか。
結局、ここで、第8回公判は終了した。

























