1年間の空白期間の後に再開された公判(第6回)で、弁護団がこれまでの検察側証人尋問の内容を踏まえて、改めて意見陳述を行いました。以下がその概要です。
意見陳述の全文を希望される方は、倉敷民商までお問い合わせ下さい。
禰屋裁判差戻審弁護団冒頭意見陳述概要
はじめに
弾圧事件としての倉敷民商事件:
倉敷民商事件は、納税者の権利と営業を守ることを目的とする民主商工会(民商)に対する国家権力による弾圧であるという認識が根本にあります。
公平な裁判を受ける権利の侵害:
禰屋さんに対して憲法が保障する公平かつ迅速な公開裁判を受ける権利が侵害されていると主張しています。
公訴権の濫用:
法人税法違反幇助および税理士法違反での起訴は、検察による公訴権の濫用であると強く訴えています。
幇助行為の不該当生および幇助の故意の欠如:
禰屋さんの行為は幇助行為に該当せず、また幇助の故意も認められないと主張しています。
税理士法違反の構成要件府外統制および法令・運用違憲性:
禰屋さんの行為は税理士法の定める「税理士業務」には該当せず、仮に該当するとしても税理士法の規定自体またはその適用が憲法に違反すると主張しています。
「参考人」としての禰屋さんの位置づけ:
国税局自身が禰屋さんを「参考人」と位置づけており、これは無罪であることを示唆していると主張しています。
事件の背景と民商の活動
民商は中小事業者を始めとする納税者の権利と営業を守る活動をしている団体です。倉敷民商は倉敷市を中心に活動しており、禰屋さんはその事務局員として活動を担っていました。民商は消費税導入や税率アップなど国の方針と対立・批判することがあり、国家権力による弾圧の歴史があります。(中野民商事件など)。倉敷民商事件も同様の弾圧であると位置づけられています。
裁判過程における権利侵害
岡山地方裁判所の有罪判決に対し、広島高等裁判所岡山支部は地裁判決が主要証拠とした査察官報告書の証拠能力を否定して破棄しました。
弁護団は、証拠がないにも拘わらず公訴提起されたこと、地裁判決が破棄されたことなどを挙げ、禰屋さんの公平かつ迅速な裁判を受ける権利が侵害されたと主張しています。
捜索・差押えとその問題点
2013年5月21日、広島国税局収税官吏が倉敷民商事務所を捜索・差押えをしました。捜索・差押えはI建設株式会社の法人税法違反嫌疑に限定されていたにも拘わらず、I建設と関係のない倉敷民商所有の多数の物件(事務局員の手帳、会議資料、会員の相談記録、パソコンなど)が差し押さえられました。
査察官によるストーリー構築と自白の強要
査察官は、差し押さえた資料を基にI建設の脱税ストーリー(売上繰り延べ、棚卸高過少申告、原価水増し)を構築しました。このストーリーはI建設の経理担当であったB子の認識と食い違うものでしたが、査察官はB子らに対し、身柄拘束を控える、パソコンの差押えを控える、禰屋さんを首謀者にするなどのの「飴」を与え、ストーリーを認めさせたと主張しています。
不自然な公訴提起の経過
I建設には脱税によって形成された「たまり」(隠し財産)がなく、仮に査察官のストーリー通りでも起訴される事案ではなかったとされています。
国税局は税理士法違反として告訴する考えを持っていなかったにも拘わらず、検察はI建設を法人税法違反で、禰屋さんを法人税法違反幇助で、倉敷民商事務局員を税理士法違反で起訴したと主張しています。公訴提起前に検察が独自に証拠を検討する時間的余裕がなく、査察官報告書に依拠した「見切り発車」の起訴であると指摘しています。
刑事事件化の不当性
日本の申告納税制度の下では、税務調査で誤りが見つかった場合、大多数は修正申告で終結します。重加算税が課される不正申告は法人税調査件数の約20%弱であり、さらに査察調査の対象となり告発・起訴されるのは「脱税額が多額で、手口が悪質と認められる等社会的非難に価する者」に限られます。平成26年度の法人税関係の起訴件数はわずか66件でした。
I建設には「たまり」がなく、資産は会社内部に留まっており、仮に売上計上が繰り延べられてもいずれ課税されることから、「悪質」な事案ではないと主張しています。多くの元税務署職員や税理士も、本件は刑事事件になるようなことではないという認識を示しています。
禰屋さんの活動と青色申告会との比較
禰屋さんの活動は、中小業者の互助組織である倉敷民商事務局として、確定申告のサポートなど正当な業務を遂行したものであり、その内容は適正であったと主張しています。青色申告会も同様の確定申告支援活動を行っており、これは国税庁長官、全国青色申告会総連合会長、日税連会長による[「三者協定」に基づいて行われています。「三者協定」は民商を離れた中小業者の受け皿として青色申告会を位置づけ、国税庁が支援・協力することを定めています。
青色申告会での活動と比較しても、禰屋さんの行為に違法性がないことは明らかであると主張しています。
会計処理と禰屋さんの関わり
I建設の日常の会計処理は経理担当のB子が行っていました。禰屋さんの関わりは決算期にI建設事務所を年に2、3回訪問し、「建設大臣」という会計ソフトから出力された書類を見て決算報告書や勘定科目内訳書作成のための聴き取りを行う程度でした。
禰屋さんはI建設が使用していた「建設大臣」の知識がなく、操作も行っていません。
I建設のパソコンで作成された貸借対照表が大きくバランスが崩れている状態を見て、禰屋さんは「恐くてさわれなかった」と一審で供述しています。
売上繰り延べに関する弁護団の主張
I建設には長年にわたり一定の売上計上基準があり、「所得減少の意図」や「ほ脱の故意」はなかったと主張しています。査察官が基準とした「瑕疵担保責任保険の保険開始日」は一般的・合理的な売上計上基準ではないと指摘しています。
I建設における実際の売上計上基準は、追加工事を含めた「最終入出金日」であったと主張しています。B子はこの基準で会計処理を行っており、多少の修正申告は必要でも脱税行為そのものや故意は無かったと主張しています。
期末商品棚卸高に関する弁護団の主張
I建設の経理担当であったB子が独自の棚卸額計算基準に基づいて計算を行っており、禰屋さんが棚卸額を操作した事実はないと主張しています。
B子の棚卸額計算基準は、分譲地ごとの借入金残高を基準に行われていたと推定しています。禰屋さんはB子の計算した数字を書類化したに過ぎないと主張しています。
原価に関する弁護団の主張
検察管が主張する「架空原価」とされるものは、実際には実態に即した原価であると主張しています。ほ脱を試みる者が証拠となる伝票やメモを残しておくのは不自然であり、また正確な数字と誤った数字が並記されている状況も不自然であると指摘しています。禰屋さんはI建設の実態を知らず、B子に言われるままに伝票を書いていただけであると主張しています。
法人税法違反幇助に関する弁護団の主張
幇助犯が成立するには、正犯行為が成立し、幇助行為が物理的・精神的に正犯行為を容易にし、幇助の故意(自分の行為が正犯行為の手助けになるという認識)が必要であるとしています。本件には、「たまり」がなく、禰屋さんに利益配分もなく、証拠の偽造・毀棄・隠滅も無いという特殊性があり、幇助犯の成立範囲を限定的に解釈する必要があると主張しています。I建設の夫婦間、およびB子と禰屋さんの間に脱税の通謀があったとは認められないと主張しています。I夫婦の証言は、査察調査時の不利益会費のための虚偽自白である可能性を指摘しています。
禰屋さんの行為は、安達意見書に示されているように、倉敷民商職員としての業務の枠内で行われた「中立的行為」であり、幇助行為に該当しないと主張しています。
幇助の故意に関しても、中立的行為の場合、反正への具体的な利用関係の認識が必要であり、禰屋さんにはその認識が無かったと主張しています。
税理士法違反に関する弁護団の主張
禰屋さんの行為は税理士法2条1項2号にいう「税務書類の作成」には該当しないと主張しています。税理士法52条の「税理士業務」は、租税債権の実現ではなく、納税者の保護を目的としているため、刑事罰の対象は納税者の利益を害する危険のある行為に限られるべきだと主張しています。禰屋さんの行為は、倉敷民商の会員に対する相互扶助的協力であり、「他人の求めに応じ」たものではないと主張しています。
禰屋さんの行為は「非独立性」「非選別生」「非対価生」の三つの要件を満たしており、「他人の求めに応じて」の要件に当たらないとしています。仮に税理士法59条1項および52条が、無害な行為まで処罰するならば、実態的デュー・プロセス理論に反し、憲法に違反するとしています。(参考:HS式無線周波療法事件、堀越事件最高裁判決)
禰屋さんの行為は、納税者の権利利益を損なうおそれが実質的に認められないため、税理士法違反は成立しないと主張しています。禰屋さんや倉敷民商に対する処罰は、結社の自由(協同組合的結社、表現的結社あの自由)を侵害するものであり、憲法21条に違反すると主張しています。(参考 中野民商事件東京地裁判決)
税理士法52条及び59条1項は、職業選択の自由(憲法22条)を侵害する可能性も指摘しています。
「参考人」としての位置づけの意義
木嶋査察官の証言によれば、国税局は禰屋さんを法人税法違反の「参考人」と位置づけており、共同正犯や幇助犯として告発する根拠や証拠を見つけられなかったため告発を断念したと主張しています。国税局が禰屋さんを「参考人」と位置づけていることは、禰屋さんの無罪を国税局自身が認めているものであると結論付けています。
証人尋問の必要性
実体的真実の発見のため、I建設の会計担当であるB子、I建設の会計状況を知る金谷、全商連会長太田義郎、元倉敷民商事務局長仲宗根康一の証人尋問の実施を強く求めています。
まとめ
本冒頭陳述は、倉敷民商事件における禰屋さんに対する起訴が、民商という団体に対する国家権力による弾圧の一環であり、証拠の不備、不自然な操作・起訴経過、および幇助・税理士法違反の構成要件の不該当生を詳細に論じています。特に、禰屋さんの行為が倉敷民商の活動における正当な業務であり、個人の利益を目的としたものではない「中立的行為」である点を強調し、刑事罰の対象となるべきではないと主張しています。また、青色申告会との比較や、税理士法の解釈における実体的デュー・プロセス理論や結社の自由の観点からの議論を展開し、起訴自体および税理士法の規定またはその適用が憲法に違反する可能性を示唆しています。国税局による「参考人」という位置づけも、無罪を裏付ける重要な事実として提示しています。弁護団は、これらの主張を立証するために重要な証人尋問の必要性を強く訴えています。